日本史上最強馬シンボリルドルフは史上初の七冠を獲得した名馬!

シンボリルドルフ 競走馬解説

競馬界でシンボリルドルフと言えば絶対的王者として名前を知っている競馬ファンが多いでしょう。

あまりの強さからも「競馬に絶対はないが、シンボリルドルフには絶対がある」と調教師の野平氏の伝説的な発言も残されています。

しかし、絶対的な王者としてシンボリルドルフを知っているかもしれませんが、年配の方以外はシンボリルドルフの生のレースを見たことがないかもしれません。

そこで、本記事ではシンボリルドルフの歴史や競走成績、名勝負について紹介していきます。

シンボリルドルフはどんな馬?

シンボリルドルフ

シンボリルドルフは日本競馬史上4頭目の中央競馬クラシック三冠馬で、無敗でその偉業を成し遂げ、他のG1競走を含めると史上初の七冠馬でもあり、1984年度優駿賞年度代表馬および最優秀4歳牡馬、1985年度同年度代表馬および最優秀5歳以上牡馬を獲得しています。

馬名の「シンボリ」は馬主の冠名、「ルドルフ」は神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ1世にちなんで名づけられたそうで、その後の競走成績や場系から「皇帝」や「七冠馬」と呼ばれることもあったのです。

下記にシンボリルドルフの競走馬データを紹介します。

馬名 シンボリルドルフ
欧字表記 Symboli Rudolf
香港表記 皇帝
現役期間 1983年 – 1986年
品種 サラブレッド
性別名 牡馬
毛色 鹿毛
誕生日 1981年3月13日
死没 2011年10月4日(30歳没)
登録日 1983年4月13日
抹消日 1986年12月17日
パーソロン
スイートルナ
生産 シンボリ牧場
馬主 シンボリ牧場
調教師 野平祐二(美浦)
調教助手 藤沢和雄
厩務員 伊藤信夫

シンボリルドルフの競走成績

シンボリルドルフは過去に数多くの名勝負を見せつけてきました。

こちらでは、シンボリルドルフの過去の競走成績を一覧で紹介します。

日付 競馬場 競走名 クラス 着順
1984.11.11 京都 菊花賞 GI 1着
1984.11.25 東京 ジャパンC GI 3着
1984.12.23 中山 有馬記念 GI 1着
1985.3.31. 中山 日経賞 GII 1着
1985.4.29 京都 天皇賞(春) GI 1着
1985.6.2 阪神 宝塚記念 GI
1985.10.27 東京 天皇賞(秋) GI 2着
1985.11.24 東京 ジャパンC GI 1着
1985.12.22 中山 有馬記念 GI 1着
1986.3.29 サンタアニタ サンルイレイH GI 6着

シンボリルドルフのレーススタイル

シンボリルドルフ

シンボリルドルフのレーススタイルは、「横綱相撲」とも言われる先行抜出のレーススタイルでした。

スタート時から好意に位置し、最終コーナーを回るころには逃げ馬を射程に捉え、直線で先頭に立ってからは後続を抑えきるものです。

また、シンボリルドルフの主戦騎手であった岡部騎手は、引退後にシンボリルドルフが左利きだった事を明かし、「他馬が我慢できずに手前を替えるところでも手前を替えずにガマンできるのでタイムロスやスタミナの消耗が少ない。又、手前の替えも非常にスムーズであった」と、コーナリングの圧倒的な上手さがシンボリルドルフの強さの秘密として語っていました。

そして、シンボリルドルフは瞬発力やパワーも併せもっていた為、レースによっては「差し」や「逃げ」を使い分ける事ができ、「自在」と呼ばれる脚質を持っていたのです。

それもあって、圧倒的な強さを見せつけ、絶対的王者として君臨していたのかもしれませんね。

シンボリルドルフの名勝負

シンボリルドルフ

シンボリルドルフの伝説的なレースと言えば、第29回の有馬記念です。

この有馬記念では、カツラギエースがジャパンカップの再現とばかりに、スローペースで単騎5馬身の差をつけて逃げはじめましたが、抑えすぎたジャパンカップの反省から「馬群に入って戦う」作戦を選んだミスターシービーが、珍しくスタート直後から手綱をしごき、9番手といつもより前の位置につけ、さらにこのレースで引退となるカツラギエースには絶対借りを返すという姿勢で臨んだシンボリルドルフも、ミスターシービーの追い込みを度外視して、正面スタンド前で単騎2番手にあがり、自力でカツラギエースを捉えに向かいます。

向う正面、逃げるカツラギエースにシンボリルドルフはじわじわと肉迫、3コーナーではぴったりとカツラギエースの1馬身差にくっつくきました。

対してミスターシービーは向う正面のなかばから一気に上がって行くが、インコースを突いたため3コーナーから4コーナーにかけて馬群の中で動けなくなってしまったのです。

その後、直線でシンボリルドルフがマークしていたカツラギエースをあっさり交わし、レコードタイムでゴールインしました。

2着には2馬身差でカツラギエースが逃げ残り、ミスターシービーは直線でようやく馬ごみから抜け出したが、さらに1馬身1/2差の3着にまで追い込むのが精一杯でした。

この有馬記念の圧勝で、当時のアナウンサーが中継で「日本でやる競馬はもうありませんね。」と言わしめました。

シンボリルドルフの引退後

シンボリルドルフ

シンボリルドルフは、1986年12月17日に引退後種牡馬となりました。

そして、種牡馬として初年度の産駒から、皐月賞、日本ダービー、ジャパンカップ、有馬記念を制覇したトウカイテイオーを輩出しました。

その後も、アイルトンシンボリなど重賞で勝利する様な馬を出す実績も残しています。

2004年には種牡馬としても引退し、2011年10月4日に亡くなってしまったので、今後シンボリルドルフ系の馬には、その子供たちに託すしかありませんが、未だ種牡馬として大成する馬が出ていないのが残念なところです。

シンボリルドルフの血統を絶やさない為のプロジェクトが発足!

シンボリルドルフ

有馬記念を2連覇したシンボリルドルフや、その息子のトウカイテイオーはかつて競馬界を震撼させていた血統ですが、現在では先細りになってしまい絶滅寸前の危機にあります。

その絶滅寸前の危機を防ぐ為に2019年11月にプロジェクトが発足されました。

それは、「トウカイテイオー後継種牡馬プロジェクト」というものです。

トウカイテイオーの産駒は少ないですが、その中からワイトファインを種牡馬にして、思想ンを残そうとインターネットを通じて資金を集めるクラウドファンディングがスタートされました。

目標とする金額は600万円で、16日までに300万円と、想像以上に資金が集まっています。

クラウドファンディングを立ち上げた原田さんの試算では牧場で預かってもらう3年分の預託料や、クワイトファインの「花嫁」をレンタルする費用など合計800万円のうち、600万円を一般から募集しています。

かつて、シンボリルドルフのレースに魅了された競馬ファンでシンボリルドルフの血を絶やしたくないという方はぜひ参加してみてはいかがでしょうか?

まとめ

シンボリルドルフ

以上、絶対的王者として君臨したシンボリルドルフの歴史や競走成績、名勝負について紹介しました。

シンボリルドルフは無敗で三冠馬となり、史上初のG1・7勝を達成した伝説的な名馬です。

実際にレースを生で見たことはありませんが、あまりの強さからも「競馬に絶対はないが、シンボリルドルフには絶対がある」とまでも言われていたレースは見たかったという気持ちもあります。

今後、シンボリルドルフのレースを見る事はできませんので、その子どもたちに血が受け継がれ、かつての伝説的な名馬が生まれることを祈るしかありません。

その気持ちも込めて、「トウカイテイオー後継種牡馬プロジェクト」に期待していきましょう。