みなさんが一生に残る名馬といえばどの馬が浮かびますか?
日本で最も有名な馬といえば、おそらくディープインパクトと答える方が多いでしょう。
競馬を知らない人でも、知っている人も多く、一度が耳にした事のある名前ではないでしょうか。
今回は、ディープインパクトがどれだけすごいのか、ディープインパクトが出走したレースを調べながら、無敗の三冠馬伝説を説明したいと思います。
ディープインパクトはどんな馬?
ディープインパクトで思い起こされるのは、何といっても強烈な末脚だと思います。
最後の直線で小柄な体をダイナミックに躍動させ、他の馬が止まって見えるかのように走る差し脚は見る人の心を強く残っています。
騎手の武豊も、ディープは走るというよりも、飛んているようだと語った事が印象的です。
まず、ディープインパクトのデビュー戦は単勝1.1倍の人気で、デビュー当時から圧倒的な支持を集めていました。
結果は完全の圧勝です。
騎乗した武豊は、普段勝利した時でも見せないほどの表情で興奮していたそうです。
この段階から、ディープインパクトは日本競馬の最高峰でもある日本ダービーを視野に入れていました。
そして、その前に行われる「皐月賞」と、ダービーから約5ヶ月後の秋に行われる「菊花賞」の3つのレースをクラシックレースと呼び、3歳の馬のみが出走する事ができます。
競走馬にとっては一生に一度の舞台とも言えます。
ディープインパクトは3つ全てのレースに勝ち「三冠」を成し遂げました。過去の馬でこれまでにたったの7頭しかいません。
そしてデビュー戦から菊花賞まで無敗での達成は、1984年のシンボリルドルフ以来21年ぶりでした。
皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制した無敗の三冠馬の誕生です。
三冠制覇というのは皐月賞・2000mという中距離レースから、3000mの長距離レース菊花賞を走れる馬でなければなりません。
ディープインパクトはその全てのレースで圧勝です。
菊花賞は単勝1.0倍の元返しという伝説を作ってしまいました。
競馬ファンのみんなが無敗の三冠馬の誕生を待っていたのでしょう。
日本中で、ディープインパクトの名前が広まっていきました。
下記にディープインパクトの競走馬データを紹介します。
馬名 | ディープインパクト- |
---|---|
欧字表記 | Deep Impact |
香港表記 | 大震撼 |
現役期間 | 2004年 – 2006年 |
品種 | サラブレッド |
性別名 | 牡 |
毛色 | 鹿毛 |
誕生日 | 2002年3月25日 |
死没 | 2019年7月30日(17歳没) |
登録日 | 2004年12月19日 |
抹消日 | 2006年12月25日 |
父 | サンデーサイレンス |
母 | ウインドインハーヘア |
生産 | ノーザンファーム |
馬主 | 金子真 金子真人ホールディングス(株) |
調教師 | 池江泰郎(栗東) |
調教助手 | 池江敏行 |
厩務員 | 市川明彦 |
ディープインパクトの競走成績
ディープインパクトは過去に数多くの名勝負を見せつけてきました。
こちらでは、ディープインパクトの過去の競走成績を一覧で紹介します。
日付 | 競馬場 | 競走名 | クラス | 着順 |
2005.5.29 | 東京 | 東京優駿 | GI | 1着 |
2005.9.25 | 阪神 | 神戸新聞杯 | GII | 1着I |
2005.10.23 | 京都 | 菊花賞 | GI | 1着 |
2005.12.25 | 中山 | 有馬記念 | GI | 2着 |
2006.3.19 | 阪神 | 阪神大賞典 | GII | 1着 |
2006.4.30 | 京都 | 天皇賞(春) | GI | 1着 |
2006.6.25 | 京都 | 宝塚記念 | GI | 1着 |
2006.10.1 | ロンシャン | 凱旋門賞 | G1 | 失格 |
2006.11.26 | 東京 | ジャパンC | GI | 1着 |
2006.12.24 | 中山 | 有馬記念 | GI | 1着 |
ディープインパクトのレーススタイル
ディープインパクトは後方待機からの強烈な追い込みが特徴的な馬です。
基本的に道中は中団からかなり後方につけ、3 – 4コーナーから一気にまくりあげて他馬をごぼう抜きするというレーススタイルでGI競走7勝を挙げています。
ディープインパクトは、ゲートの中でじっとしているのが嫌いで落ち着きがなかったため、スタートが上手くできず出遅れることが多かったこともあり、追い込みという脚質になった一因だとされています。
ディープインパクトの名勝負
ディープインパクトの末脚が最高にダイナミックに活かされたのが、デビューから2戦目の若駒Sではないでしょうか?
スタート直後からテイエムヒットベ、ケイアイヘネジー2頭が大逃げをうち、ディープインパクトとの差は一時20馬身ほどとなりました。
直線を向いてからも先頭2頭が止まりませんでした。
直線を向いてもなお、武豊騎手が全然追っておらず、後方のままだったこともありますが、この時期まではディープインパクトの実力が絶対視されていなかったことを意味していします。
しかし、最後の200mになって、2頭にズームアップしている画面にいきなりディープインパクトが登場します。
そして、あっという間にトップに立ちゴール板を駆け抜けます。
その一瞬で他の馬を抜き去るスピード感にディープの圧倒的な才能が感じられ、ファンの間で語り継がれる名勝負です。
ディープインパクトの鮮烈な末脚はいつまでもファンの心に残るでしょう。
ディープインパクトの引退後
史上最強馬とも言われるようになったディープインパクトは三冠達成の翌年の暮れ、有馬記念勝利を果たし現役を引退しました。
通算成績は、14戦12勝(国内1敗)です。
競走馬として伝説となったディープインパクトは引退後、子孫を残す種牡馬となり、毎年150頭以上の産駒を残しています。
ディープは初年度産駒からG1ホースを4頭、2年目には歴代最強牝馬とも言われるジェンティルドンナを輩出します。
種付け料は最終的に4000万円まで上がり、2019年度の種付料は2位ロードカナロアの1500万円の倍以上で別格中の別格でした。
現役時代、そして種牡馬としての両方でこれほどの功績を残した馬はもちろんディープ以外にはいません。
2013年から競馬を本格的に見始めた僕は、その当時とりあえずディープインパクト産駒は強いということから覚えました。
ディープインパクトの死去
2019年7月30日、史上2頭目の無敗の三冠馬となったディープインパクトが、北海道の「社台スタリオンステーション」で17歳の若さで急死しました。
牧場によれば、7月28日、ディープは頸部の手術を受け、術後の経過も安定していたが、 翌29日の午前中に、突然、起立不能になってしまいました。
レントゲン検査を行ったところ、頸椎に骨折が見つかったのです。
回復の見込みが立たないことから、30日早朝、安楽死の処置が取られました。
少しでも楽に天国へ行かせてあげようという配慮からの選択でしょう。
まとめ
今回は、ディープインパクトの凄まじい伝説を紹介しました。
ディープインパクトのレースは、普通の競走馬では見られないような圧倒的な強さを見せつけました。
しかも、毎度、演出付きで展開する余裕を見せつつやってのけるいわば劇場型の「化け物」でした。
さらには、無敗の三冠馬という称号を獲得しているのです。
そして、そのディープインパクトは2006年の有馬記念を最後に引退しました。
また種付馬になってからも、一回4000万円の高額な金額にまでなり、引退後も数多くの名馬を輩出し、伝説は継続しました。
そして、ディープインパクトの子どもたちは、今や日本競馬の中心にいて、次々にG1馬を輩出しています。
今後も、ディーインパクトの血統を引き継ぐ子どもたちが活躍する姿を期待していきましょう